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あなたの使命はなんですか?

こんにちは、まゆです。

突然ですがあなたの使命ってなんですか?
家を継ぐことですか?
社長になることですか?
…まだ見つかっていませんか?

私はこれまで「自分の生まれてきた意味」や「使命」は何かについて調べてきました。
どうやって調べてきたかというと家系図や名前の意味、生年月日などを用いた占いなどありとあらゆる方法で探してきました。

5年間かけて調べても、しっくりするような答えは出ませんでした。

でも、今日使命かもしれないことが上からおりてきました。
そんなバカなと思うでしょう?
でも、実際にいつもと違う自分だったんです。

忘れちゃいけないと思い、父や友人に連絡して記録するほどでした笑

でも今日に至るまでにしてきたことは全て意味のあるものだったと確信しています。
その流れをこの記事ではご紹介していきますね。
(あくまで個人の意見です)

両親が姓名判断師にわざわざつけてもらった氏名(使命)

オギャーとこの世に生まれ、名付けられた名前は「まゆ」。

小学校のころ、学校の先生から「自分の名前の由来をご両親から聞いてきてくださいねー」という宿題がでた。

帰宅して母に「ねーねー!私の「まゆ」って名前の意味ってなーに?なんでこの名前にしたの?」とすぐさま聞きました。
母は、「生まれた生年月日がどきつい性格だったから、少しでも丸くなるように「まゆ」って名前にしたのよ」。

この答えが返ってきた時に、頭の中が「?」で埋め尽くされたことを覚えています笑

「生年月日で性格がきついなんてことわかるわけないじゃん」こんなことを思う子で占いなんてサラサラ信じていませんでした笑

毎年誕生日に書かされる黄色の絵(西の方角)

毎年私の誕生日になると、父親から言われることがありました。
「まゆ!黄色か金色の絵を書いて!西の方角にはるから!」
いまいちよくわかっていませんでしたが、素直だった私は黄色の絵を書き始めました。
(ゲーム大好きだったのでFFに登場するチョコボにしました。今でも実家に飾られています笑)

後に風水だったということに気がつきました。笑

貧血で食事のありがたみを知る13歳の冬

小学校4年生の時に初めてお引越しをしました。
引越しのストレスからかずーっっとお菓子を食べていました。笑

引っ越す前は体重が30kgもなかったにも関わらず引っ越してなんと60kgに笑
身長の変化はありません。

主食はお菓子でお米も野菜も魚も肉も嫌いでした。
いわゆるジャンクフードしか興味が持てなかったのです。

その結果13歳の時カラダに異変が。
貧血でした。

この貧血がきっかけで「食べないと死ぬ!」という単純思考が働きなんでも食べるようになりました笑

管理栄養士を目指す高校生

「自己管理できるカラダを作りんちゃいよ!」と母に言われ、管理栄養士の道を選ぶことになりました。
貧血で栄養士の道ってストーリー性抜群でしょ笑

偏差値が低くて国語力が全くなかった当時の私。
必死に勉強をしました。
国語力がある友人を捕まえてはテストの解説をさせていました笑
(当時の友人のみなさまありがとう…!)

そのおかげかわかりませんが、管理栄養学科の大学へ見事入学を果たします。

偏差値が低い私でも管理栄養士を取得

必死で勉強をして入った大学。
当然成績もよく…!と言いたいところなんですが、「勉強をさせられている感じ」がとても嫌いな対応だったのでずっと寝ていました。
(ちゃんと起きている時もありましたよ)

大学4年生になって「〜させられている」という状況でなくなった途端、大学のゼミに10時間以上こもって勉強をずっとしていました。
海外に行く時の飛行機ってこんな感じなのかな…と思うこともあるくらい長時間椅子に座ってただひたすら勉強をしていました。

病院実習もある中、管理栄養士の資格を見事取得。
いや本当によく頑張った。
何かを成し遂げたのはこの資格取得と大学入学だけかな笑

そして就活。
面接がとても大好きで得意だったため、落ちた場所はほぼなく。
(すみません嫌味ではないんです)

病院へ就職。
親が喜んでくれるならそれでいいと思い、自分の身の丈に合わない総合病院へ就職しました。

新卒:病院で勤めるも合わずに退社

新卒で総合病院に入るも、300食を管理する脳みそは私には持ち合わせていませんでした。
たった10ヶ月で退社へ。
どこかに働きに行かなきゃ!と思いすぐにハローワークへ。
見つけたのは専門クリニック。

ここでも身の丈に合わずに離職。
(正しくは労働基準法違反だったんですけどね笑)
社会不適合者なのかな…と落ち込みに落ち込みました。

大学の名前もボロボロにしたな…でも報告しに行きたいし、この先自分でどうやって行きていったらいいのかわからない…だからこそ大学のチューター、W先生に会いに行きました。

W先生は怒らずにただひたすら話を聞いてくださいました。
責めることもなく怒ることも、ただひたすら一緒に考えてくださいました。
その先生に勧められたのが「公務員の臨時職員」でした。

先生の知り合いがいる保健所に1年間お世話になりました。

休養期間として勤めた公務員の臨時職員2年間

「どうせすぐやめるだろう」そう思って1ヶ月働いていました。
人間不信になっていたのか笑うことも困難でちゃんと仕事をしないといけないという思いが強かったです。

でも、保健所のみなさんが非常に優しかったので笑顔を取り戻すことができました。

「一緒に働きたいから公務員試験受けたらどう?」と提案もしてくれて、必死に勉強をしました。

試験まで2ヶ月しかなかったんですが、独自の方法で勉強しました。
通常の勉強の仕方がどうしても無理でした。
ストーリー形式や感情移入型の記憶方法、世界の裏話を取り入れた内容で無駄がありまくりの勉強方法で筆記試験合格。
我ながらすごい勉強方法なのによく筆記試験受かったな〜と思いました。笑

そのまま小論文試験だったのですが、国語力のない私にとっては致命的な試験。
そんな私に、休憩中や仕事が終わってから小論文を見てくれた優しい3つ上のお姉さん。

このお姉さんの母が国語の先生らしく、ビシバシ鍛えてもらえました笑
それでもたった2週間で小論文は難しく、落ちてしまったんですがね…

でも、小論文のお姉さんの指導や喋り方、考え方のおかげで視野が広がるきっかけになりました。

公務員試験の合否を一般教養の基準として診断した24歳の夏

公務員試験一回は落ちだけど、次は実力試しで一般教養が身についているかを確かめたい!
という意気込みで再度受けてきました。

結果は3次までいきましたが、集団討論が苦手だったので落ちてしまいました。

本来なら残念がるところですが、私の性格上公務員は向いていないので安心していました。
そして、一般教養も身につけることができたので次のステージにいく準備をすることにしました。
この時、気になっていたものはベジタリアンやマクロビオティックでした。
理由は、「葬り去られたマクガバン報告書」の上中下巻を読んだからです。

料理教室へ参加したはずなのになぜか占いを学ぶ日々

「もう1年時間が欲しい」

そう思い、2年目は労働局の臨時職員に。
気になっていたマクロビオティックの料理教室に通うことにしました。

大学時代寝ていたとはいえ、腑に落ちなかった栄養学。
マクロビオティックではその腑に落ちなかったところを埋めてくれました。

全てが全て正しい訳ではないですし、エビデンスに基づかないところもありますが、実績として残っているところはかいつまんで学ぶことにしました。

一般教養で学んだ理科の生物と天体、マクロビオティックの宇宙論や陰陽五行によって私の宇宙に対する思いが強くなりました。

料理教室にしばらく通うとなぜか「九星気学」と呼ばれる帝王学兼占いを学ぶことに笑
さらに続いて、姓名判断や人相学も学ぶことに笑

料理を学びにきているはずがいつのまにか占いまで習得していました。

料理教室へ参加したはずなのになぜか断食や滝行へ

料理教室へ参加し続けていると、次は断食に誘われました笑
(勧誘がすごくて何らかの宗教だと思っていたのはここだけの話です笑)

断食は気になっていたし参加しました。
すると、これまでの重かった体がスッキリしたのです。
断食ってすごいなと実感しました。

他の断食にもいきましたが、広島の先生の断食ほどいいものはないですね。
信じる信じないは勝手ですが、この断食明けにはいつもプレゼントがすごく来るんですよね。
それはもうありがたかったー!

断食をすれば次は滝行ですよね笑
滝行もいきました!

感想だけを述べると頭のてっぺんに冷たいものがドットきて寒いし痛いし大変だった!
ということ笑
これは人によって感じ方は様々だそうです。

信じていなかった占いの奥深さに興味をもつ

断食や滝行などおかしなものにハマって巡りがよくなったのかわかりませんが、別の占いの先生に会うことに。
その先生に占いを教えてもらっていたんですが、私の感覚が鈍いのかわからないことだらけ。
必要な文献だけ教えてもらって単独で学びました。

生年月日や姓名判断のどこで運命が決まるのかさっぱり理解できませんでしたが、占いをするたびに当たっていると言われるのです。

占いの歴史や占いのルーツ、栄養学との繋がりなど学べば学ぶほど興味を持ちました。

占い大好きな両親、その理由

占いに興味が湧いたのはいいのですが、なぜ両親はこんなにも占いを信じているのかを聞きたくなりました。

理由は、父の友人でとてつもなく賢くて業界で知らない人はいない人がいるそうです。(秘密ごとだと思うのでだいぶぼやかしますね)その人が父のことを占ったようです。何も情報を伝えていないにも関わらずことごとくあてられたことから占いを信じるようになったようです。

突然、旅にでた意味

昨年突然たびに出ました。
国内ですが。

今出ないとだめな気がする。
国内のありとあらゆる神社を巡りました。

25都道府県の神社に呼ばれました。
この旅をどう言葉に出していいのかわかりませんが、行ってよかったです。

ジュピターウィークに引っ越してからラッキーパーソンに連続で会う

わたしのジュピターウィークがありました。
ジュピターウィークとは、占星術のASという場所に木星が来ることを言います。

このジュピターウィークに東京へお引越し。
キーパーソンに会うわ会うわ。

導かれるようにきた関東。

今必要な人物と出会うようになっているな〜とぼんやり思い始めます。

姓名判断24画をもつ3名の友人と千葉で出会う

いろんなキーパーソンと出会い、千葉県でなんと姓名判断24画を持っている人に会います。
それも3人も。

同じ画数なので引き寄せあったのもあります。
話す内容もあうことばかり。

まるで前々から知っていたような感じでした。

逃げていたことに向き合ったからこそわかる必要なもの、不必要なもの

話は飛びます。
みんな人と違うところがありますよね。

私はだいぶ変わっているようで、一般女性と感覚がずれてるところがあるようです。
そのため、女性と合わないことも多々。
来るもの拒まず、去る者追わず精神だったので向き合ったことがありませんでした。

でも、向き合わないといけない状況になりました。

向き合わなかったから、これまで誰に対しても分け隔てなくスキルを分配してきました。
スキルだけでなく知識もたくさん分配してきました。

でもそれがよくないことに気がつきました。
向き合ったからこそ気がつけたこと。

①むやみやたらに情報を提供しないこと
②分け隔てなく優しくしないこと
この2つを決めたことが大きな一歩でした。
必要なものと不必要なものをみんな決めてしていることさえも知らなかったなぁ。
少し大人になれたかな笑

総画24の友人と会話を重ねることで上と繋がりかける

現在シェアハウスに住んでいるのですが、そこでも24画をもつ友人に出会います。
瞑想や占い、スピリチュアルな内容、ちゃんと言葉に出さなくてもわかってくれる人が登場。

占いをまなびたいと言ってくれたため、時間も気にせずとことん伝えました。

3日間その友人と話が尽きないまま常に情報共有をしました。

その友人や父親から聞いたことですが、
「まゆは一方的に何かに取り憑かれたように話すよね。その時は目も合わせないし、話した内容も覚えていないんだよね?」
そうなんですよね。

カタカムナの使命にもあったんですが「一方的に伝える」役割なんですよね多分笑

環境がよければ良いお告げ
環境が悪ければ何を喋っているのかよくわからない
こんな感覚。

相手の波に応じて一方的に伝える感じ。
だから人が増えれば増えるほどごちゃごちゃして対応不可能になってしまっていることに最近気がつきました笑

また、姓名判断の話に戻るのですが。
こんな変わった私と仲良いままな人たちの画数って本当にいいんですよね。

特徴を見てみようと思って確認すると、8、13、15、16、24なんですよね。
吉ないしは大吉。

この世は数字で成り立っていると強く感じました。

同じような画数がないと話が噛み合わないことが多々。
それは相手にとってもそう。
人は皆自分と似た画数と共にいいる。
(画数がよくても、組み合わせが悪い場合はまた変わります)

唯一いる24画をもつ友人は仕事でよくシェアハウスにはいません。
友人がいない1人でいる間に何か上と繋がったような感覚になったんですよね笑
間違っているかもしれないけど、そんな嘘のような感覚。

これまで生きてきた内容を総括して「これがあなたの使命よ」と語りかけてくる感じ。
語りかけるという言葉は違うけど、言葉にしづらいですね笑

忘れちゃいけないと思って、すぐさま24画の友人と15画の友人に連絡笑

こんな変わった経験も宗教のように感じた玄米200回噛みのおかげかな〜!
流れが最近よくない気がするのでまた7号食をしようと思います!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

ABOUT ME
mayupon
占い師&管理栄養士です🔮世界の食、占い、文化が知りたくて世界旅行計画中✈️民族衣装好き👘都市伝説好き🌿直感と感覚、運で生きてます💎▶︎🇬🇺🇨🇳🇹🇭管理栄養士、KIJ Advancedまで修了(マクロビ)、九星氣学鑑定士、西洋占星術、ヴィパッサナー瞑想